続☆Pure Love Of Incubus-淫魔が恋に落ちるとき-

ブログにて『ラブホ』のお題小説として執筆いたしました作品です☆

 

◇◆◇

 

鉛色のどんよりとした空の下。

香月ルイはやや足早に目的地を目指していた。快晴とは程遠いが、雨が降り出さないだけまだマシだといえる。

ちょうどこんな天気だった。彼女を見つけたあの日の空も。

 

通りすがりに、泣き出しそうな華枝を見かけてルイはその後を追った。淫魔だったルイは強がりの中に儚さを抱えた華枝を、純粋に欲しいと思ったのだ。

あの頃の俺が今の自分を見たらなんと言うだろうか。…なんと言われても、もうどうする気もないのだけれど。

 

 

息を弾ませながら階段を駆け足で降りると、待ち合わせ場所のオープンカフェにはすでに華枝と思しき人影が座っていた。

久しぶりに直接見る彼女は、カップを片手に左手に携えた冊子に目を落としている。おそらくお気に入りのカフェオレをお供に読書を楽しんでいるのだろう。

栗色の長い髪に、白いブラウス、黒のスカート。灰色の空まで良く似合う、一枚の絵の様だ。

(華枝ちゃん…!)

芸術品を台無しにしてしまうのも惜しいような気がして、ルイは声をかけるのをやめて黙って歩幅を緩めた。

半ば見とれながら近づいて、ふと本にカバーがかかっていないことに気が付いた。

(…ん?)

文字が朧げに読み取れる位置まで来て、ルイは目をしばたいた。

(んん?)

2,3度見直してみて、自分の認識が間違っていないことを確認する。何度見直してもそこには

『ラブホの上野さん』

とのタイトルが書かれている。

(え? ええーーー!!?)

タイトルの下にはその“上野さん”らしき人物が描かれていて、どうやらそれが漫画らしいことが見て取れる。

華枝が漫画を読んでいることも驚きだったが、その本に「ラブホ」なんてタイトルがついているから二重に驚きだ。

華枝は男女関係については非常にお堅く、婚前交渉を完全否定している女性だ。

ラブホといったら男女がそーいう事をする場所に他ならないわけで、当然華枝はそんな場所に興味ないか嫌悪さえしているのではないかと思われていたのに。

 

なんでそんな本を読んでいるのだろう? という疑問が竜巻のように巻き上がる。

 

本にカバーをかけていない時点で、待ち合わせ相手であるルイに見られても問題ないと考えていることになる。

という事はどうしてその本を読んでいるのか尋ねてもいいのだろうか。

もしくは見せたいと思っている可能性もなくはないのか…?

 

(見せたいと、思ってる可能性―――?)

 

自分の勝手な憶測にはっとなり、ルイの思考はもっと自分勝手な方向へ一気に舵を切った。

もしもこの本をルイに見せたいという思惑が華枝にあるとすれば、ラブホテルに興味があるのよ、私。というアピールと取ることも出来る。

 

“ラブホテルってどんなところかなぁ。連れていって欲しいな~気づいてくれないかなぁ~”

ルイは脳内で“恥じらってルイに直接おねだりできないでいる華枝“を想像してみた。

そんなもじもじしている華枝に自分はどう応えるか。

本を指して

 

「あれえ華枝ちゃん、そんなとこ興味あったの。行って見たい?」

「ええと…」

「ラブホってなにする所か、華枝ちゃん知ってるの」

「やだぁ、そんな」

「なにする所なのか、教えてあげようか」

「えっ」

「俺も行きたいな」

「それは…」

「知りたいでしょ? 俺も華枝ちゃんのこと、もっと知りたい」

「や、もういいから…」

 

半ばエロおやじ発言連発のルイに赤面する華枝…

まで想像してむふふとなったルイだったが、

 

(…いや、ない!!)

ぶんと頭を振って、甘い妄想を一瞬でかき消す

そんな美味しいことあるわけない。普通に考えたって「ラブホ」のタイトルのついた本を読んでいるからと、ラブホに行きたいアピールであるわけではない。

読んでいたのが「ラブホガイドブック」とかだったら話は別かもしれないが、こと華枝に限ってはそれでも絶対にないに決まっている。今まで散々痛い目に合ってきたじゃないか。第一あんなに色気のあるやりとり華枝がしてくれるわけがない。

あんな、いや~ん♡なんて反応。

「ルイさんしたいの?」とか真顔で言われて終わりだ。何と都合のいい妄想をしているのか。

悲しくなるからこんなこともうよそう。

 

ひたすら自分の都合いい方向に、楽しい妄想をしてしまったことを反省しながら、改めて現実の華枝へと視線を戻した。

 

(さて)

じゃあ何と言って声をかけようか。

本のことには触れた方がいいだろうか、あえてスル―すべきなのか。

声が喉まで出かかったが、とどまり考えを逡巡させた。

何と声をかけるのか?

とはこの状況をもってして、では自分は一体どうしたいのだろうということだ。このネタをきっかけに、望む方向に話を発展させることもできるだろう。

 

そりゃあ当然下心がないわけではない。昔のように隙あらば! とまでは思っていないが、華枝の気が変わってくれるならいつだってしたいと思っている。もうこれは男性の肉体を持つが故の本能と言ってもいいだろう。いつだって触れたいし、触れたらしたくなる。

だからもういつも修行だ。心頭滅却。それでも彼女に会えないよりはずっといい。

 

けれど付き合い始めた当初の前提でいえば、華枝の理想は結婚してから→初めての夜♡ の流れに違いない。それを叶えてあげるのも、彼女を愛する俺の努めであるようにも思う。

そうでないなら共に暮らしたあの数か月間も、純潔を守り続けた意味がない。

「……」

でもここへ来て万が一華枝の興味が変わっていたなら…?

 

華枝は二十歳だ。

ルイを拾ってくれた美容院のオーナーの協力で、彼自身無事に戸籍も得ることができた。

結婚…しようと思えばできないことももうないのだ。

 

ルイはごくりと喉を鳴らし、華枝のほうへ一歩踏み出した。

 

華枝はまだ学生だし、ルイも人間としては非常に未熟だ。

一人前になれたら華枝に結婚を申し込もうと決めて、彼女の元を離れたのだから当然まだ結婚を申し込める段階ではない。

けれど…華枝の心変わりが事実なら、すっかり健全な一男子となったルイはそんな決意もつい翻したくなってしまう。

一秒でも早く、一秒でも長くこの娘を自分のものにしたい。一緒にいたい。

 

「あ」

結構な長身・かつルイほど美形の男性が悩み悶えて突っ立っていればそれなりに目立つものだ。周囲のざわめきに促され華枝もこちらに気づいた様だった。

顔を上げ本をテーブルに伏せる。

 

「ルイさん♡」

と微笑んだ華枝にルイは一瞬で相好を崩した。

彼女も学業とアルバイトで忙しいし、2カ月ぶりのキュートな笑顔にルイの邪な欲望はすべて洗い流される。

「久しぶりだね。会いたかった」

言ってはにかんだ華枝の笑顔が愛らしすぎて、ルイは無意識のうちに彼女を抱きしめていた。

「わっ」

「俺も会いたかった…!」

椅子から立ち上がりかけていた華枝に抱きついたものだから、華枝はバランスを崩し再び椅子へと腰を落とすことになった。体を支えようとテーブルに手を伸ばした際、本に手があたってばさりと地面に落ちる。

「ごめん」

ルイは慌てて体を離し、本を拾った。

改めて表紙を見ると、やっぱり『ラブホの上野さん①』と書かれている。

「ありがとう」

「華枝ちゃん、これ…」

無反応なのは余計におかしかろうと、会話の方向性が定まらないままだったがルイは本に話題を振ることにした。

「あ、ルイさんも知ってる? 山口さんが貸してくれたの。ルイさんにも見せてあげなよって」

 

……!!?

 

「流行ってるし、…お客さんとのネタにもなるよって」

 

…… …… ……!?

 

「…言ってたんだけど……?」

 

言いながら、華枝の声はどんどん小さくなっていった。

ルイがただならぬ気配を醸し出し始めたからだ。

 

(あんの、、、…クソ野郎がぁぁ~~~!!! この×××…!!)

 

ルイはとても華枝に聞かせられないような、ありったけの罵詈雑言を心の中で山口に連発した。

 

山口さん、とは華枝の元彼でバイト先の先輩だ。

ルイも図らずも助けられたことがあったから、感謝の気持ちもなくはなかったが、奴が華枝に本を貸したとなれば多少の悪意を感じざるを得ない。(残念なことに山口においては、善意であった可能性も8%くらいは否定できないが)

しかしなんで、あれから一年以上も経って、このタイミングで攻撃してくるとは!

本のチョイスが奴の仕業なら、本の内容が華枝の興味とはこれっぽっちも関係がないということになる。

そんなことわかっていた。わかってはいたはずだが…

少しでも期待してしまった事実が悔しくてたまらない。

「ル、ルイさん…?」

 

香月ルイ(実年齢不明)推定年齢25歳。

この日を境に、一刻も早く一人前のいい人間(おとこ)になって華枝を花嫁にする決意を更に強く固くする。

 

彼の努力が実り晴れて華枝を妻として、初夜を迎えることができるのは、この日からおよそ5年、二人が出会ってから7年8か月後のことである。

 

end